北里柴三郎って何をした人なのか?

北里と言えば、思いつくのが北里大学です。ですが、具体的に何をした人なのかって意外に知らないもの。

もちろん、簡単に北里柴三郎のすごいところを解説したいと思います。

北里柴三郎って何をした人?簡単に

北里柴三郎は、北里大学北里研究所病院の創立者でもあるのですが、

「日本の細菌学の父」と呼ばれています。

なぜなら、ペスト菌を発見した細菌学者の一人だからです。

ペスト菌とは

歴史上最も致死率の高い伝染病として知られ、皮膚が黒くなることから黒死病とも呼ばれた。
なんと、もともとは森林原野の細菌だが、日本でも1899年に45人の患者のうち40人が死亡したことも。

しかも、それだけではありません。

世界初に破傷風の原因となる毒素を中和してしまう抗体の発見、また血清療法という方法でこの破傷風を人間の驚異から取り除きました。

破傷風とは

これも破傷風菌という菌が作り出す毒素(神経毒素)により痙攣を引き起こす病気です。
土の中に存在する菌で、傷口などから体に入って、引き起こし、1950年頃は最も死亡率が高かった(80%以上)感染症でした。

下のグラフを見てください。破傷風による死亡率が激減しているのがわかります。


引用:

これらの業績からノーベル賞の候補にもなりました。(残念ながら、共同研究者の主導していたベーリングのみ受賞となりました)

北里柴三郎のすごさとは?どんな人?

実は、ペスト菌の発見は香港に出張に調査した際に発見したものです。

それが、1894年6月14日のことです。それまでは感染力と死亡率の高さで患者には何も出来ず、家や持ち物はただ焼き払うだけ。

そんな驚異を前に、8畳程の小さな小屋で解剖し、採取した血液から特徴的な細菌を見つけました。

それがペスト菌でした。

しかも、すごいのが細菌を見つけるまでの早さです。

なんと、研究に着手した6月14日のうちに発見したのだからこれがすごい!

また、あの大手医療企業のTERUMO(テルモ株式会社)の発起人の一人でもあります。

体温計のお世話にはよくなっています。

福澤諭吉と北里柴三郎の関係とは


福沢諭吉ともゆかりがあります。

1899年に設立した私立伝染病研究所(後の東京大学医科学研究所)は、福沢諭吉の援助で開設できた経緯があるのです。

北里柴三郎は、初代所長として日本の感染症研究に力を注ぎました。

北里柴三郎って何をした人?まとめ

北里柴三郎とは、

  • ペスト菌の発見者であり、日本を守った
  • 血清療法の確立
  • 私立伝染病研究所(現在の東京大学医科学研究所)を作った
  • 日本医師会の創設

これらの業績を成し遂げた人物でした。

お金などには屈せず、日本のために研究をし続けた人物であり、これは渋沢栄一にも通じるところなのかもしれません。

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